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記事にしてくださった……! 

平常運行に戻したい、と書いたとたん、図らずも(皮肉にも?)記事に取り上げて頂きました……う、うあぁ。正直よく思われないことも多い過去について、こんな風に評価して頂けるとホント……なんだろ。ただただ、頭が下がります……

この3カ月で一番すごいと思った人~個人クリエイターの未来
http://kasakoblog.exblog.jp/17769181/

追風をもらったので、やっぱりちゃんと書こう。元々そういう場所だったんだし。コミュニケーション能力と媚びへつらいを履き違えたくない。以下、怒涛の1週間で思ったこと。

現状が「おかしい」というのが見えていないのは中の人間だけ……というより、中にいる限りは気づけないのかなぁ、と感じました。あるいは薄々「変だ」と思っていても、長年いた古巣は今さら否定しようがないのかも、と。アイデンティティが揺らぐし、自己の存在を脅かすものに対しては本能的に攻撃的にならざるをえない。それが悪いとは思いません、今回の私もそうですし。

このままだと「なかったことにされる」な、って思ったから反撃に出ました。なのでそれを否定されると、うーん……やや過激な言い方になってしまいますが、「作家として死ね」って言われたも同然なんです。呼吸するな、って。

蛸壺化する業界で暦年書き続けてきた人ほど「広い視野を持て」と言う。間違ってる、とか××すべきではなかった、とかあなたは加害者だ、とか。そういう言葉を平気で使う。口を揃えて「反省しろ」って。でもあなたと私は住む場所が違うし、生きてきた時間も違う。なのに、なんでのっけからねじ伏せようとするんだろう。

意見が違うならスルーすればいい。あるいは話し合うなら、なぜ話し合う必要があるのかを教えてほしい。同じ目的があって、そのために話すなら建設的だと思いますが、これから先道を共にするつもりもないのに、ただ「引きずり戻そう」とするのはどうなんだろう。

私からすると、はるかに狭く見えた。「今さら」。開発スタッフに嫌われることなんて百も承知でした。というか、そもそも嫌うとか嫌われる以前に開発「主要」メンバーの顔すら知らなかった。裏切り者呼ばわりされる以前に、仲間だと思いようがなかった(つまらないものをDがFIXしても、誰も異論を唱えなかったと聞いていますし)。それが「常識」で、「常識外れ」な結果だけに憤って、「なぜ」こういう事態に至ったかを考えない。

ほんの少しスライドしたコンテンツ産業、それこそ小説やTV、家電の世界では、こちらの「常識」こそ「非常識」です。誤解を恐れずに敢えて言いますが、ゲーム業界、分けてもPC業界のモラルの低さ、作家の地位の低さは異常です。

本当は一番、書きたいことを書ける世界であるはずなのに。

当時の日活浪漫ポルノと同じで、倫理規定もそう多くない、エロさえ入れれば(そのエロの質も下がってると思いますが……裸を見せればそれでエロいのかなぁ、ってたまに疑問に思います。どうせやるならエロティシズムまで行けばいいのになぁ、とか)、とことん人間の内情を掘り下げて描写することができる。その地盤が整っているし、許されている。

この業界でないと作れないものの真髄って私はそこだと思っていたのですが、実際はかけ離れています(でもこれは、私の認識がズレているだけかもしれません)

あれから、海外の編集者の方から「受託開発を振り返って」の翻訳依頼を頂いたり(ありがとうございます!)、ジャーナリストのかさこさんに記事に取り上げて頂いたり、色々ありました。Facebookにもチラッと書いたのですが、優秀な方ほど退陣して別のコンテンツ産業へ行ってしまうのは現状では無理からぬことだと感じています。

残った中の人は、恐ろしい事に本気で今のゲームが「面白い」と信じている。報酬体系とか以前の問題で、致命的にセンスのある人材が足りていない。

そのことが、中の人間だけが見えていない。

ちょっと外に出れば、誰の目にも質の低下は明らかなのに。それこそユーザーさんには、もうダダ漏れていると思っています。私が一々こんな記事を書かなくても、「最近、面白いゲームないな」って。そうじゃないのは開発者だけです。「ユーザーはバカですから」、って。本当に愚かなのはどっちなのか。

今のゲームのアイディアの大部分は1980年代に出尽くしている、それを認める人すらほぼいない。オマージュで済むレベルなら良いけれど、コピーのコピーはいずれは擦り切れて読めなくなります。ストーリーを肉迫させるためにきちんと「現実で」取材しているライターが業界に何人いるのか。「本気で作ってる」「手を抜いてない」というライターの何人が、年間取材費に10万(たった10万……)以上注ぎ込んで、自分の目で、耳で、足で、物語を練っているのか。

そのレベルで「酷い」と言っていることに誰も耳を傾けない。

2次元を参考にしている限り、2次元以上の絵は描けません。トレース問題でトレースした側ばかりが責め立てられる風潮もおかしな話で、みんながみんな平面の写真ばかり参考にしているから、構図が似てくるのも当然だと思っています。誰かの絵ではなくて肉眼で見たモデルから盗もうという発想が絶望的に欠落している。

ライターこそ同様。どこかのストーリーからコピペしたようなステレオタイプばかりが横行する。日本のゲームライター事情はおかしい。たったそれだけのことが、生粋のゲームライターにほど通じない。放送作家経験もあるライターさんとか、小説家経由のライターさんならすぐに頷いてくれるのに。どこまで閉鎖的になれば気が済むんだろう、とか。

もちろん温故知新、郷に入っては郷に従えという言葉もあるし、既存の体系がすべて間違っているなどとは言いません。ただ、新しい風を入れないと澱むだけです。

それを今まで誰もやらなかったのは、「雇い主に嫌われるのが怖いから」、「仕事がなくなるから」、開発スタッフはみんな「仲間」だから。「仲間」を裏切ることなんてできないと。でも、その「仲間」はあなたの老後を心配してはくれません。少なくともフリーランスとして働いていく上では、自分の身は自分で守るしかありません。

平均勤続年数10年のゲーム業界で、本当にクライアントにベッタリで生き残れると思っているのなら、……すみません、でも正直に書きます。舐めるなと言いたいです。死ぬまで作家でいたいなら、生き残りを賭けてどこかで勝負に出るしかない。それが現実だと、少なくとも26歳の私は感じています。

いくら死ぬ気で書いても、雇われでいる限り「買い切り」があたりまえ。例えば今作のように、自分の生んだ作品、娘でも、クライアントの気まぐれで人格を塗り替えられ、見も知らずの他人の手に委ねられる。なるほどゲーム業界ではそれが「プロ」かもしれません。でも、ほんの少しスライドした他業界から見れば奴隷です。

だから隣の芝が青い、といっているのではなく、そういう現状があることくらい知っておいてもいいんじゃないのかな、って。何度も言いますが、声優さんをはじめ魂を吹き込んでくださった方々には感謝しています。ただその上で、個人を蔑ろにした「共同開発」は、やはりおかしいと感じています。誰かの犠牲の上に成り立つプロジェクトは「共同」開発ではなく、破綻した依存です。

娘が犯されるのを黙って見てるのが「親心」というのなら、親でなくていい。少なくとも私は、そう感じたので書きました。あなたが我慢して当然だと思っていることは、実は全然、違うかもしれませんよ、って。でもこれはあくまでも、私の考えです。

また逆説的ですが、作家生命を賭けて起業するほうが、長い目で見ればよほど家族も守れるのではないかなぁ、と思っています。それで失敗するなら、土台物書きとして食べていくのは無理だった、というだけの話ですし。報酬面一つとっても。「信頼」が大事だというフリーランスの方は、一度自分の手がけた作品で企業がいくら儲けたか計算してみてください。

とか。あれから10日経って、まだこのブログを読んでいる誰かには伝えておきたいと思ったので。少し悩みましたが、時期をずらして記事にしたためました。いつもありがとうございます。

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