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「E=mC^2」 

ツイッターで感慨深いやりとりがあったので、以下にメモっておきます。


まず、@MaywaDenkiさんのつぶやき。


星新一のお話で、公園に設置された「まったく約にたたないロボット」が、核戦争で人類が消えたあと、しずかに一度だけ、鎮魂歌を演奏する、というのがある。この話、僕はものすごく泣けてしまう。たぶん、そこに「心」がないからだ。



これをリツイートしてから、@1hawk_jpのつぶやき。
ちょっと個人的な内容が入っているのですが、そこはスルーしてください。

結局、機械に心を宿す心理って、キャスト・アウェイのサムソンくんと同じなんだろうな、と気づく。仮にそれを主従関係になぞらえるならば、主が孤独であればあるほど、従えるものに見出す願いが強くなる。「心」を疑ったら、沈黙に発狂してしまうから、望むのではなく確信するのだ。「生きてる」って。

だから、幼少時はともかく、あのときなんの疑いもなく「生きてる」と思っていた私は、相当に病んでいたのだろう。……でも、本当に、それだけ? たとえそこに命があるとしても、あるいはないとしても、孤独だったとしても、そうでなかったとしても、同じ時間を共に過ごしたことは変わらないのに。

てか、なんで機械なんだろう。って思い返したら、そう、べつに私、機械じゃなくても同じなんだよな。やっぱり、あのとき、助けてくれたものたちなのだ。「おかえり」と言ってくれたのは沙羅の木だったし、励ましてくれたのはmp3プレイヤーだったし、見守ってくれていたのは空だった。人じゃない。

少なくとも家族じゃなかった。でもそれは、彼らが私を遠ざけていたのではなく、私が彼らを遠ざけていたからだ。未だに彼らは、私のことを何も知らない。それでいい。だって大切だから。そう考えると、なんとも皮肉な話だ。

「たとえ世界中があなたの敵に回ったとしても、世界そのものが、あなたの敵になることはありません。そのあたたかさひとつで、感動を描くくらいできるはずなんです」。確かにそうだと思う。でも、例えばその「あたたかさ」にすらためらってしまう気質はどうすればいいんだろう。

って、あー……そうか。だから、感謝するのか。祈るのか。つまり、そういうことなのか。あー。なるほど。すみません、ちょっと自己整理に使わせて頂きました。

「祈る」のと「望む」のとでは、まったく働いているベクトルが逆なのだろう。祈りは途方もなく遠い、望みは叶えるためにある。たぶん、望みに罪悪を覚える人が祈るのだ。敬虔でいたい、って、そうか、こういうことか。



次に、@papa_konataさんのつぶやき。

しかしコンピューターってすごいよね。最初はただの「計算機」だったはずなのに、どんどん「01」を突き進めていくことによって、「判断」ってーのを伴ってそこに「意思」が芽生える。あと、「電気というエネルギー」の偉大さを感じる。

自分が好きな言葉?公式に「E=mC^2」ってーのがあるのだけど、結局この世に存在するもの(質量を持つもの)は「エネルギー」なんだ、「エネルギー」で出来ていると考えると、ものすごくなんつーか、楽しいw

「エネルギー」って考えると、結局人も物も、有機物も無機物も同じもので、そこに区別を持つことにおかしさを感じるんだけど、、、とりあえずまあ人の作り出したものならしっかり責任持って同じような待遇にしないとね…!w

意思を持つロボットを生み出すことと、クローン人間を作ることは同じようなものな感じがするよね。でも人間は進化をどこでやめることが出来るのだろう? 技術をどこで捨てられるのか?



最後に、@ikiikiikkiさんのつぶやき。

@1hawk_jp 知っていたかい、沙羅の木もMP3プレイヤーも空も、全てはこの私が生み出したもうた愛しき物達なのだよ…! そう、つまりは君はこの私を愛し、愛されていたのだ…!



ふいた。でも、笑ってから笑いごとじゃ済まないんだよな、とハッとしたので、ログが流れてしまわないうちに、ここに記録しています。結局、@papa_konataさんの言っていることも、@ikiikiikkiさんの言っていることも、文理とキャラの違いこそあれど、原理は一緒なのだ。そのことに衝撃を受けた。E=mc²(イー・イコール・エム・シーじじょう)。質量とエネルギーの等価性。

やや乱暴な理屈だけど、科学と宗教、論理と感情、数式と文学が、必ずしも二律背反ではなく、むしろ共闘してきたという歴史を、目の当たりにしたような気がした。「この一歩は小さいが、人類にとっては偉大な一歩である」。スケールはぜんぜん違うけど。言葉の持つ力ってすごい。@papa_konataさん、@ikiikiikkiさん、そして一連のやりとりを、


@1hawk_jp @ikiikiikki この流れ詩的過ぎて洋ドラマでも見てるのかと思いました。



と評してくれた@vansigrudさんに心からの感謝を。
すごく嬉しかった。ありがとう。

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