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風を追って 

書いたのは確か2007年の6月、くらい。
……だいぶ古いし、それ相応に拙いですが、空気感は好きなので載せておきます。
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『風を追って』

両目は石のように動かない。
いつ落ちてもおかしくない枯れた瞼の下で、両目は石のように動かない。
――砂塵の向こうに目的地が見えない。
それもあるが、私の目に映りこむ何物も、きっと、心までは吸いこまれていかない。
まるで遠い昔、誰かが置き忘れていった鏡のように、その鏡が、鏡であることも忘れ去られ、いつしか、ただの石と化したように、私の目は、私の心は、眼球に映る何もかもを照り返すだけ。両目は、石のように動かない。

言葉は忘れてしまった。
だから、何のために歩いているのかわからない。なぜ、歩いているのかがわからない。
折れた翼はいつも血を流して、空へ舞い上がるすべも忘れてしまった。
自分は、鳥だったはずなのに? どうして、歩いているのだろう。そんなことを考えることもかなわない。自分が何者かわからない。

頬が痛い。
永遠につづく向かい風。本当に永遠につづくのかどうかはわからない。ただ、生まれてから今まで、この風しか私は知らないのだから、おそらく、この風は永遠なのだろう。
陣風。
砂礫を織りこんだ大気のうねり。
それが容赦なく全身にあたる。これでは、折れた翼が癒えるはずもない。
いつ、私は翼を折ってしまったのだろう。そんなことを考えることもかなわない。

痛い。
足だけが、風に向かいつづける。
何が楽しいのか、何か楽しいのか、そんなことを考えることもかなわない。
もとより、足に意志などない。言葉は忘れてしまった。そして目に映る物はない。
足だけが風に向かいつづける。あるいは、たまたま私が歩いてゆく先から、風が吹いてくるだけなのか。
どうでもいい。どうでもいいと思うことすらかなわない。
足だけが、風に向かいつづける。

ずっと昔。
私がまだ鳥だったころ、世界はあたたかだった、のだろうか。思いだせない。思いだす、ということが何なのかも、すこしずつ、忘れ去ろうとしている。今、私の体で動いているのは、堅くなった足と、翼から流れる、ぬるい血だけ。この血が止まるとき、私の足も止まる。
それが、死ぬということ。
では、私は今、生きているのだろうか。こんなにも、死んでいるのに。
――砂塵の向こうに、目的地が見えない。
だが、何かあったから、あると信じたから、私は歩いているはずなのだ。翼を折ってまで、歩いているはずなのだ。飛ぶことも捨て、――飛ぶことも捨て? 歩いているはずなのだ。
飛ぶ、歩く、とぶ、あるく――…そんなことを考えることもかなわない。
そんなことを。
そんなことを、考えて何になる。おまえは鳥だったのだのに。
鳥だったのに。
翼も折ってしまって。
愚か者。
そんなことに気づいた。
そんな、奇跡が起きた。

それから何日か経って、私は死んだ。
誰もいない世界で。
誰も――当然だ。仲間はみな、空の上。私は鳥だったのだから。
どういった経緯で翼を失ってしまったのかは、覚えていない。結局、生きているあいだに思いだすことはできなかった。
ただ、死ぬときにたった一つ、思いだしたことがある。
砂塵の向こうがわに、あったもの。あると、信じていたもの。
龍の風。
古来より終焉を祝福するものとして、歌われ続けてきた神の風。
その風を見たいと思ったから、仲間と共に旅に出た。その途中で、彼女はもう死んでしまったが、盲目の少女に出会い、その少女を助けるために翼を失った。
悔いはない。
仲間たちは先へ行ってしまった。自分が、行ってくれと言ったのだ。
“必ず追いつく”
“しかし――”
“翼がなくても、私は飛べる。鳥なのだから”
そうして、折れた翼を引きずり、この茫漠とした砂海を、歩いた。
何日も。
何日も。
しかし私は弱かった。

砂塵は視野をさえぎり、すぐに、私は見るということを捨てた。
何かを見ようと望んでも、何も見えなかったから。――だったら、最初から何も見なければいい。目的地に着いてから、また、あらためて光に臨めばいい。そうして、まずは目が見えなくなった。使わなければ腐る。そんな簡単なことすら、とうに見失っていた。

砂塵は音をさえぎり、すぐに、私は歌うということを捨てた。
誰もいない。言葉を口にしても、自分の耳にすら届かない。そんな世界で、音を抱えていて何になる。目的地に着いてから、また仲間と共に歌えばいい。そうして、声を失った。――いつしか、言葉も忘れていった。

やがて最後に残ったのは、意志もなく歩きつづける足と、流れつづける翼の血。私は弱かった。結局、目的地にたどり着くことなく、翼は堕ちた。血は黒く固まった。 
止まる。
ついに、足が止まった。砂塵に圧され、私は片翼から倒れた。
(遠い――)
ぼんやりと、そんなことを思った。空に手をのばそうにも、もう、手自体が、翼といっしょになくなっていた。
(とおい――)
そのとき、唐突に、荒れ狂う風の音が聞こえた。――聞こえた。長らく閉じていた耳が、絶望に叩かれて息をふきかえしたらしい。思わず笑ってしまった。それで、何年かぶりに、自分の声を聞いた。
「あ――…」
まるで、他人のような、声。
「久しぶり」
あたたかい。声はどこまでも優しかった。久しく忘れていた穏やかな大気の震えに、私は心で応える。ああ、久しぶり。長らく忘れていてすまない。おまえは、こんなにも傍にいたのに。ずっと、置き去りにしてしまっていたのだな。
「まだ、生きてるか」
ああ、生きている。だが、正直、もう、もちそうにない。
「――そうか」
私は目を閉じた。
「っ!」
暗闇が恐ろしくて、すぐに目をひらいた。それで、自分には目があったということを思いだした。――荒れ狂う砂海の沖で、愚かしくも、私は自分というものを拾った。
「……まったく」
声が、私が、言った。――こんなときでも、笑いはこぼれるのだと。
だったら、もっと前から歌うのだったと、今さら、どうしようもないことを後悔した。
「だが、いいじゃないか」
声が、つぶやいた。私は心の中で、平らかに凪いでゆく心の淵で、なにが、と首をかしげる。
「おまえは、ちゃんと、歩いてた」
……ちゃんと。本当に、そうだろうか。わからない。確かに、足は、歩いていた。
だがそれは、もはや自分の意思ではなかったのだ。
いつのまにか歩くことが意義となり、全てとなり、目的を忘れ、そして自分を失った。
私は愚か者だ。――、だが、そうだ。足は、確かに、歩いていた。足には礼を言わなければいけない。――のに。
声が出ない。
「しっかり飛んでたよ」
――え?



「久しぶり」
変わり果てた戦友の姿を見て、俺は言った。仲間たちは、もう龍の風を見ただろうか。わからない。ただ、俺だけは、友が心配で、この地へ戻ってきた。
「まだ、生きてるか」
戦友は、応えなかった。瞳は茫洋と開いたまま、まるで、石のように動かない。
「――そうか」
俺は、唇を噛んだ。間に合わなかった――。ならばせめて、亡骸を葬ろう。そう思い、まぶたに手をやろうとして、
「っ!」
動いた。確かに、戦友は俺を見た。鏡のように凝り固まった両目が、ざらりと、俺を映し返している。鏡のように。
「……まったく」
涙を飲みこんで、俺は言った。もう、どう見ても助からない。それは明らかだった。
「だが、いいじゃないか」
――必死に。言い聞かせる。それが、誰に対しての言葉なのかもわからぬまま。何も、そんな目をしなくてもいいだろう。最後の最後まで、自分を責めなくてもいいだろう。いい加減、自分を許してやってもいいだろう。
「おまえは、ちゃんと、歩いてた」
あの地にとどまって、あの少女と暮らしたって、良かったはずなのに。その選択肢を捨ててまで、最初から最後まで。
いつだって。
「しっかり飛んでたよ」
ここで再び会えたのが、最初は奇跡だと思った。でも、そうじゃない。
鳥は鳥にしかなれない。
明日は俺。

空に手を伸ばして、届かなくても。
それでも手を伸ばして、風を追って。

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