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さすらい 

連作の第一部。
これもかなり古い……早くつづき書かねば……
------


『さすらい』

明け方の公園に、その老人は座っていた。
老人、と呼ぶには少し若かったかもしれない。ただ、ぼんやりと足元を見つめて、あのとき、あの男性は、地面に向かって死んでいたのだと思う。だから、先がないように感じられて、「あ。老人だ」と思った。
老いた人、と書いて老人と読むのか。老いる人、と書いて老人と読むのか。僕は後者だと思う。
だから、あのとき、あの明け方の公園で、朝露に濡れて、まっ黒い髪がまっ白に見えてしまったあの哀れな男性は、やっぱり、老人だったのだと思う。
思う。
僕は老人の前まで歩いていった。
僕が老人の前にたどり着いても、老人は、ずっと僕ではなく地面を向いていた。
僕はただ、黙って老人が口を開くのを待った。
遠い。
それでなんとなく、想像が確信に変わった。
この人は、これから老いていく老人だ。
今、この瞬間にも、能動的に老い続けていく人だ。
それはつまり、生きている僕になんか、これっぽっちも興味がないということだ。
だから僕は、じっと彼が口を開く瞬間を待ちながら、なんだか泣きそうになったのだ。
それは果てのない祈りで、奇跡を待つような心地だ。愛しくて切なくて、今すぐにでも彼を抱きしめたいのに、そんな大それたことをできる自分はいない。
ただ、とつとつと明けていく空の傍らで、死んでいく彼を見守るしかない。

――橋を、知っていますか。

と。
唐突に、彼が口を開いた。
僕はうつむきかけていた顔を勢いよく上げた。いつのまにか噛みしめていた唇をそっと放し、血が通うように丁寧になめて、一間、考えて、答えた。

――いいえ。それは、どのような橋なのですか?
――罪人の橋です。

老人はすぐに答えた。
その声に、思いのほか力がこもっていたから、僕は少し驚いた。

――その世界には、橋があるんです。
始まりも終わりもない、長い、長い橋です。
橋の所々には、塔があります。
なんと言えば良いのでしょう。
関所のような。
牢獄のような。
それが塔です。

塔には人がいます。
一棟にたった一人だけ。
罪人です。

いつからいるのでしょうね、彼らは。
物心がついたときには、
すでに塔の中に暮らしているんです。
たった一人で、窓から橋を眺めるんです。
朝も夜も。
朝か夜かなんて、
霧深い橋には関係がなくて、
わからないのに。
それでも、他に何もないから、橋を眺めるんです。
誰も通らない、長い、長い橋です。
まるく縁取られた、はめ殺しの窓から……


そこまで喋り、老人は小さく息をついた。
それから、饐えるようなしわがれた声で、声だけで、たぶん、見えない誰かに尋ねた。

――聞こえて、いますか?

僕は少し考えてから、答えた。

――ええ。
……でも、それだけです。

老人は続けた。

――罪人は、旅に出るんです。
始まりです。
同時に、終わりでもあります。

いつだったか、誰かが言っていました。
他の世界では、
罪人というのは大人がなるものだと。
しかし、その世界は違いました。
罪人というのは、子どもなんです。
まだ、年端もいかない、ほんの小さな子どもです。

希望、
というのはどういう意味なのでしょうね。

彼らは。
――彼女は、
罪人という言葉を、正しく理解していたのでしょうか。

あのとき、あの小さな少女は、
なんの抵抗もせず、橋へ連れ出されて行きました。
出て行きました。
自ら。
年相応にはしゃぎながら。
外へ。

子ども、
というのは、眩しいものです。
元来、何の罪もない者です。
挫折を知らず、
葛藤を知らず、
ただ、これから折れていく希望の塊です。

人、
というのは、巡り逝くものです。
ゆるやかに、リズミカルに消えていく灯火です。

その意味で、
あの橋は、実に、理にかなっていました。
罪人の、人生そのものでした。

殺されに行くんです。
――行ったんです。

橋の向こうに次の時代の罪人が待っていて、
彼女たちは、
その新しい罪人に、
殺されに行くんです。
――行ったんです。

古い罪人を殺すことで、新しい罪人は罪を負い、
新しい罪人に殺されることで、古い罪人は罪を償う。

生贄。

最初は、そう思いました。
これまで見てきたたくさんの世界と同じように、
時代時代の過ちを、
あらかじめ彼女らに着せることで、
人々は、
平穏を保っているのだと。

そう、思っていました。


――、

眠っている。
もしかしたら、まだ眠っている。眠ってしまいそうだ。
たんたんと過ぎる老人の独白は、耳に心地よく、このまま、不可逆する夜に溶けてしまいそうだ。
止まった懐中時計のねじを引き抜けば、きっと永久に止まったまま動かない。
それはどんなにか幸せなことだろう。
僕はそっと手のひらに夢想を包みこむ。

老人は続けた。

――ところが、違ったんです。
希望、だったんです。
人々、なんていなかったんです。
最初から。
あの世界には、子どもたちしかいなかったんです。
橋が、唯一の建造物で、
大人は、橋が見せた幻でした。
そしてたぶん、彼女らは、
そのことに気づいていたのでしょう。

子どもというのは、聡いものですから。
――私たちが考えているよりも、ずっと強い。

罪人は、期待に胸をふくらませて塔を出て、
橋をわたり、
わたり、
人生でたった一度の出会いを経験します。
生れ落ちた瞬間から、
ゆるゆると消え始めていた灯火が、
にわかに勢いを増し、
逆巻き、
人生の最高潮をもって、ふっつりと消えます。

死。


……そのとき、公園から見えるビルの壁面に、赤銅色の陽が照り返した。
燃えるような夜明けが始まる。
僕は老人を見つめた。老人はかたくなに地面を向いていた。
間。
僕は手のひらから夢想をすべり落とした。滑落した夢想はせわしなく僕から逃げていった。
昇り始めた日が、ここから直接見えることは、ない。
永遠にない。
ただ、無機質なコンクリートは、老人の横顔を照射した。
彼の赤茶けた肌が、今にも爛(ただ)れてしまいそうだと僕は怯えたが、
急に何かを思い出したようにつぐんだ口の上で、さっきまで澱んでいた両目が、ほのかに、迷いで輝いたようにも見えた。




































老人は続けた。




































――あまりの美しさに震えました。
だから私は、
あの世界を終わらせることを選びました。

他のどの世界でもなく、
この世界でもなく、
あの希望に満ちあふれた、
子供たちの笑顔を刈り取ることを選びました。

彼女が橋に出たあの日、
私は先回りをし、
真っ先に、新しい時代の罪人を殺しました。

それから、
あの子が私の元へたどり着く瞬間を、
何日も、
何日も、
待ちました。

遠からずして、彼女はやってきました。
いつかと同じように、
弾けんばかりの笑顔をふりまいていました。

それは私の後ろにいる、
いるはずのない、
たった一人の待人のために掲げられた、
途方もない笑顔でした。

それを見て、私は悟りました。
愚かしくも、
私にこの子は殺せない、
と。

気づいたときには、足が逃げていました。
――逃げました。

終焉に手をかけておきながら、
私は、責務を果たすことなく逃げたのです。











































Dawn












































                          has



































               come.













































                  ――夜明けは加速度を帯びる。





































例えば、好きという気持ちがそうなのだという。
少しずつ心の中にたまっていった想いが、いつのまにかいっぱいになって、ふとした瞬間にあふれだすのだと。
僕は、老人に手を差しのべた。老人は、静かに僕のほうを向いた。僕の手ではなく、手には見向きもせず、ただ、肩越しに、まっすぐに僕の目を覗いた。
間。
彼の目は深く、暗かった。この夜の向こうに、いったいいくばくの世界を見てきたのか、僕は聞きたかったけれど、たぶん、それは叶わぬ願いなのだと悟った。
悟った。
「そしてここにいます」
老人は言った。
「翼を失くし、矜持を失くし、私はここにいます」
僕は差しのべた手を引き戻した。老人はじっと僕の目を見つめていた。
慈悲のないコンクリートは、いよいよ、老人の半身を焼いた。
消えてしまいそうだ、と思った。
爛れるのではなく、消えるのだ。
「私の代わりに、あの世界を終わらせてくれる者は、現れるでしょうか」
声に表情はなかった。
夜明けは加速度を帯びる。
向こうのビルの壁面に返された陽が、今度は反対側のビルの窓を照らす。窓の中にもぐりこんだ陽は、ベッドでまどろんでいる恋人たちのまぶたを照らす。そうして彼彼女らは目を覚まし、きっと、階下の住人に挨拶をする。
今日は祝日だ。
いつもに比べたら穏やかな朝だけれど、それでも、一日の始まりが止まることはない。
僕は両腕をポケットにねじこんだ。
この人は光を恐れない。
こんなにも暗い目をしているのに、明けていく夜を惜しもうともしない。
「いいえ」
だから答えた。
「きっと現れませんよ」
続けた。
「だって、その世界はもう、終わっていたのでしょう」
瞬間、世界が閃いた。あちこちに反射された陽が、ついに、僕の目に届いたのだろう。
遅いよ。
僕は唇を噛みしめる。
老人は、そんな僕を気遣うでもなく、いぶかるでもなく、ただ、今までと同じように、岩のようにしずけく座っている。彼の目は深く、暗いのだろう。うつむいた隠者に、それを知ることはできない。
さよならだ。
ふと、そんな声が聞こえたような気がして顔を上げた。
「――そうでした」
老人は、ゆっくりと、言った。
「そういえば、あの世界は、もう、終わっていました」
そして僕は、物語の終焉を知る。
ずるい。
かすかにほころんだ口元に、いよいよ、胸が張り裂けそうになる。
彼の細められた両目は、うっすらとまぶたの隙間にのぞいたまなざしは、満天の星をたたえた銀河のように、きらきらと、懐かしくさざめいていた。
さよならだ。
大気が告げていた。風が来る。それは流れと呼ぶにも及ばない流離(さすら)いだ。それでも、あまりにも大きな風が来る。
風が逝く。
折れた翼が見えるような気がした。
そこに光の雨が降る。
彼は穏やかな表情で、きっと万感の思いをこめて、遥かなる青空を見上げている。
この場所から、昇る日が見えることは、ない。
永遠にない。
だとしても、彼はきっと、この世界の始まりを見ているのだ。
遠い。
僕は、飛び立つ龍のために道を譲った。
彼は、もう一度、僕のほうを向いた。両目は蒼く澄みわたっていた。それは未来を予感させる空の色だ。
威風堂々と立ち上がる小さな人。
こんなにも小さな人が、いったいいくばくの世界を終わらせて来たのか。聞きたかったけれど、それはもう、永遠にかなわない。
未知の世界は、どうか、未知のままで。
「すまないね」
彼は言った。
「願わくは、君と、君が大切に思う人たちに、良い風が吹きますように」
「あなたにも」
彼は豪快に笑った。笑い声は聞こえない。次の世界の風に阻まれて、僕と、かつての老人を繋ぐものは、もう、何もない。
逝ってしまう。
光の雨が上がろうとしている。
彼は最後の世界を目に焼きつけて、今ようやく、生誕を心から祝福する。
やがて一日が過ぎ、ささ泣くような夕闇がおとずれ、夜が更け、また明ける空が遠のいても、龍の目は世界を忘れない。
風が逝く。
「あなたにも」
だから僕はくり返す。
その言葉が彼に届くことは、ない。
永遠にない。
だとしても。
「あなたにも」
僕はくり返す。
だとしても。
あなたにも、どうか――

願いは届くことなく、風に消えた。

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